童顔日記 ~青木くん殺人事件~
1 おもちゃ箱
			小さな町であたしたちふたりは生まれた。
			どこかで、「ふたごなんか産みやがって」と誰かが言い、
			また、別のどこかで、誰かは、悲しい顔をした。
			大きな戦争は、何十年も前に終っていた。
			工場跡がいくつも残るその町は、とても静かだった。
			大きな都は、土手の向こう、川向こうにあった。
			

			いちばん最初に、あたしたちは、おもちゃ箱のなかにいる。
			おもちゃ箱は、籐で大きく編まれている。
			大きな大きな籐の籠の中で、
			ガチャピンの時計のおもちゃや、
			ピンクレディーのパズル(ピースがとてつもなく大きい)とまざって、
			どれがおもちゃで、どれがあたしたちなのか、区別がつかない。
			「だ~」
			あたしたちのうちのひとりが言えば、
			「だ~」
			あたしたちのうちのもうひとりが言う。
			
			午前中のやさしい光のさしこむ畳の部屋のまんなかに、
			おもちゃ箱は置いてある。
			その部屋の片隅に、黒いピアノが置いてある。
			
2 オレンジ色の部屋
			襖を隔てた隣りの部屋は、ちょうど家の中央に位置している。
			そのため、日中はあまり陽が射さない。
			夜になると、灯りが点される。
			あたしたちは、その灯りの下で、
			食物の彩りをかんじながら食事をすることができる。
			夜中になると、灯りの色が変化する。
			あたしたちはその灯りを、
			夜は黄色、夜中はオレンジ色であると認識する。
			そして、オレンジ色が点される頃、あたりは静まり返り、
			あたしたちは眠らなければならない。
			オレンジ色の灯りの部屋に、あたしたちとおかあさんがいる。
			おかあさんは、あたしたちを抱き上げ、抱える。
			あやすようにゆっくりと揺する。
			どこからかうたごえがきこえる。
			それがおかあさんのものなのか、誰か別のひとのものなのか、
			あたしたちには区別がつかない。
			玄関に通じる障子戸に、おかあさんの影が大きく映る。
			影は、おかあさんの揺れ方、動き方によっては、
			小さくなったりするし、みえなくなることもある。
			あたしたちは、うごめく影を視界に入れつつ、うたごえをきいている。
			眠くなる。
			眠る。
			
			 
			
3 大きな空
			おかあさんが胸と背中にあたしたちをそれぞれ括り付けて、家を出る。
			少し歩くと土手があり、土手の上からは、川と大きなまちと、
			それから、大きな空が見える。
			大きな空は、あかく染まっている。
			夕方。
			薄くひろがる雲は、淡い桃色をしている。
			あたしたちは、この世の終わりみたいな気持ちになる。
			「いちにちが終わるのよ」
			おかあさんが言う。
			おかあさんのからだから、うたがきこえてくる。
			おかあさんのやわらかい胸や背中に耳をつけて、
			あたしたちはいちばん低い音をきく。
			弱い風が吹いて3人の頬を撫で、あたしたちは、やはり、
			この世の終わりみたいな気持ちになる。
			「すぐに夜になってしまうわ」
			おかあさんは言い、大きな空と大きなまちと川に背を向ける。
			土手をおりる。
			囁くみたいなうたごえがきこえる。
			家へ帰る。
			
			