♪強い。強いぞ、世界ブルー!!♪ まだ日曜のライブの余韻を引きずっている自分。 眠い。興奮して眠れない。ワールドカップ熱なのか自分熱なのか分からない。 今回のライブは、練習量や日常生活のリズムからして、当然と言えば当然なんだけど、よい出来だった。二年前のコンセプト:Fellowsのあのイッちゃってるテンションはあれはあれで最高だと思う。エゴイズムが感じられてるし。でも、ああいうステージはファンの理解があってのものだし、ああいうステージをやるにはまだ早すぎるし、もっとレパートリーの中に「Love Me Yes! Marz Version」みたいな聞きやすい曲、オーディエンスも心地よく一体となれるものは混ぜる必要があった。でも、あおき、ベース弾き語りのレパートリー(そもそもベース自体ライブ演奏は辛い)がなかったし、今もない(笑) それにひきかえ、今回は、選曲からして、これもそもそもアルバム『繊細』のコンセプトからして当然なんだけど、日本人リスナー向け。バラード主体で「爪跡」や「片言」のようなテンポ感のある曲があと1,2曲混ざるとより引き立つだろうけど、それでもストレートなラブソングでストレートなメロディー。だから、お客さんもすんなりと入り込めたようだ。 逆に1st stageはチャレンジだった。というのも、ある意味リベンジ。2003年の3月〜夏にかけて主に演奏していたコンセプト『朝』(ちなみにコンセプト『Fellows』は2004年2月〜6月にかけてのテンション)は賛否両論だったため。人様の言う“あおきクンの魅力”という意味ではエゴイズム、世界観の深み、世界ブルーの打ち出し方からいって、よかったらしい。ただ、なんていうのか寄せ付けない何かがあったらしい。「独特」だけど、それが仇で多分聴くのが疲れるステージだったのでは? と感じている。たなかりえとの声の絡みが僕は好きだったし、そのお陰で余計、ステージの深みが増して、「感じ入れる人」と「入り込めない人」という強い境界線が出来た。それは僕としてはとってもGOODなことだと今でも思っている。アートっていうのは「好き」か「嫌い」かはっきりしてもらった方がいい、と思ってるから。 今回の1st Stage『朝』は三年前と違って、より人の心に残るものだったと思う。ただエゴを追求するのではなく、より一曲一曲が象徴的。「こういう世界があるんだぜ」っていう見せつけではない。「こういう世界に今いる」っていう、それを感じてもらう。「『朝』とはこうだ!」ではなくて、「空の下、水蒸気に包まれてる気分」っつう。 いやぁ〜、気持ちかったなりよ〜。東京倶楽部最高だな。なんか相性いいのよね、あそこは。あおきまさと&えばやんの時もすごい声が際立って飛び交った夜だったし、えばやんとの演奏もオリジナリティーに溢れていた。 『繊細』は世界ブルーにとって初めてのバンド編成。『Fellows』編成も同じだったけど、どこか僕自身がバンドサウンドを求めるあまり、無理していたように思う。稚拙な僕のベースによくYASSYが合間を縫うようなドラムを叩いてくれ、彩ちゃんがさらに邪魔にならないように薄く空間を埋めたり、あるいは作ったりしてくれてた。でも、当の僕がね(笑) ま、でも頑張ったと思うよ。 で、『繊細』。これは自然にバンド編成になっている。ドラムにベースという各々で生み出しかっちり、でも面白いリズム隊。そこにピアノ&ボーカルという僕としては一番お客さんに楽しんで貰える形。 さて、ライブの後の帰路っていうのはいつも孤独と相場は決まっているもの。いくらライブ最中やライブの後最高な気分に浸ったとしてもね。だけど、今回は「初体験」。それは最後に持ってった曲が自分をワクワクさせてくれる「爪跡」だから、っていうのも手伝ってるんだろうけど、やっぱり、トークも歌も演奏も全力だったからかな。いつも全力なのになんで今回は違ったんだろう、っていうのが分からない。多分、強いんじゃないか、と。イノウエさんやみちるさんのお陰でお客さんの耳に入り込むサウンドの印象が強いものなんじゃないのかな、と。 まぁ、そうはいっても、実際MDに録音しておいた音源を聴いてみると、、、 1st stageは素晴らしい声の出来だったけど、2ndの歌は納得のゆくものではなかった。勿論いつものスタジオや当日リハの方が震えないいい声出てることは確かだけど、本番だとどうしても声が震えて聴こえるんだよね。緊張してるのかな。これが日曜深夜の感想。そして、1st Stageが想定していたよりもよい出来だったため、それまでのストイックな精神が解れて、ハーフタイムでお客さんとペラペラ挨拶してしまって、喉が少し粗くなった。これが2nd Stageの僕の声だけでなく演奏が崩れた一番の原因。今後はすべての演奏が終わるまで、我慢しないと、といつもそう反省しているんだけど、ダメなんだよね。どうしても人に「来てくれてありがとう」って言いたくなっちゃう。今度からは「最後まで聴いてくれてありがとう」にしようと思っている。 で、昨晩また聴き返す。理由が分かった。声の震える理由が。ライブを初めてからこの方、ライブ音源の聴き方が誤っていたことに気付く。 僕はいつもボリュームを耳に心地よい程度に抑えている。そしてその音量というのは多分、人様からしたら小音量なんじゃないか、と感じる。巷に溢れているコンプばりばり(一概に正しい表現じゃないけど「音圧」詰め詰めでボリューム値が小さくても鮮明に「音」が耳に入ってくる)の音はどこかちょこっと合コンに馴れかけた20代前半の若者が無理しているようで好きじゃない。は〜た〜ち〜ぜ〜んご〜の〜わかものが〜♪(「あのコ」かよ!) 今日はライブMCのように話が飛ぶ飛ぶ。申し訳ない(笑) アルバム『from here on』がコンプを無理してかけてなく、人様が音量が小さいと感じたとしたら、それは勿論敢えて、だ。その話はまた別項で。ただ声が小さいのは僕のミキシングにおける美的感覚を大切にしつつも、自分内での限界値に挑戦、っていうプロデュースっていう意味でのエゴであったことは認めなければ。理想はすべてのトラックデータを渡して、ミキシングからお願いすることかな。それをしなかったのは、やっぱり後悔したくなかったから。自分の世界観を一番理解しているのは自分だと思っていたし、今でも半分はそういう気持ち。 でね。昨晩はライブ音源を「ライブを観に来てくれた人たちの耳に飛び込んでくる音量」で聴きなおしてみたんだよね。っていうか、今までそういう風に聴いてこなかった自分がおかしいんだけど。 そしたら。よいのよ。1stだけじゃなくて2ndステージもさ〜。自分は演奏者でもあるから、どこでミスったかとか分かっちゃってる分、厳しくなる訳だけど、実際にそこに居た時の音で聞くと、そこでプレイしていたテンション中のステージへの満足度、演奏最中に感じた手応えが分かった気がする。 で、声が震えている理由は、ああ、そうか。緊張していて音程がぶれているとずっと感じていたんだけど、そうじゃなくて、いつもライブ最中に感じている「よし、ここでこう」みたいなお客さんやメンバーに対する声によるかけひき(信号、パス)だ、と。ライブ最中に自信を持って敢えてやっていた声の出し方、それが、今まで音源として聴くとネガティブな感想しか生み出さなかったけど、今回、リアルに自分たちのステージを音源を通して昨晩夢中に楽しんでしまった、あおきまさと、寝不足でした。 強い。強いぞ、世界ブルー。 眠い。眠いぞ、あおきまさと。 よろしく。 20060614昼
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