Sekai Blue Top Page >>>




  私的随喜    Private Column
Back to Column 2001 Menu

人っていうのは色んな事考えるもんですよね。トイレや風呂場、電車の中、、、。     
だから、もし脳味噌とキーボードが直結されたら、凄い事になるでしょうね。       
映画、小説、音楽、、、沢山生まれちゃうんでしょうね。それはそれで嫌味な社会ですよね。



5月2日掲載 富田靖子論・「好みは簡単には変わらない」   5月5日掲載 富田靖子論・初恋の感覚「富田靖子様」   5月7日掲載 富田靖子論・クイズ回答者「富田靖子様」   5月9日掲載 富田靖子論・青白い映像描写「キッチン」   5月10日掲載 富田靖子論・NHK4夜連続ドラマ「主演:中村薫さん」   5月12日掲載 富田靖子論・イメージの完全なる追求は「未完成の完成」を促す   5月14日掲載「空を飛びたいね」音源あり   5月17日掲載「面白い事しませんか?」   5月20日掲載「まろやかに熱く、、、」音源あり   5月24日掲載「やさしさ」


 ♪好みは簡単には変わらない♪


 良く小学生の頃、「好きな歌手は?」って「好みの芸能人は?」って聞かれた。中学生の時も聞かれた。高校の頃も。多分ずっと聞かれ続けるんだろう。僕はあまりそういう質問をしたことがないけど、その手の話が好きな人は世の中には多い。
 「富田靖子」---ここ10何年間ずっとそう言い続けてきた。親にも「富田靖子」自分でも「富田靖子」。友達には言いにくい。だって、そう答えると「えっ?」っていつも首を傾げられるんだから。「青ちゃん、歌手でだよ?」とか小学生の頃のクラスメイトは言う。「渋い、渋すぎるよ。」って中学生の頃も言われた。高校でもそうだったなぁ。大学でも「マニアックだなー。」なんて、、、。んなこと言ったってさあ。「富田靖子」しか浮かばないんだもの。
 何故なんだろう。別に他のアイドルの名前を軽〜く言って、流してしまえばいいことなんだけど、「好みは?」「タイプは?」と聞かれるとちょっと緊張して「富田靖子」。別に恋人の名前を言うんじゃないのに肩張って応えるのは何故?
 何故なんだろう。別に会ったこともないし、彼女のことを良く知ってる訳でも、ファンクラブに入っている訳でもないし、彼女が出ているすべての映画をチェックしている訳でもないのに、「絶対に富田靖子」なのは何故だろう?

 僕はこういうのが多い。「絶対にビートルズ」「絶対に村上春樹」「絶対に小西康晴」「絶対に細野晴臣」。気分が踊るんだよね。その固有名詞を聞いただけでワクワクしてしまうのはやはり、素直に「好き」としか言い様がない。
 また僕の好みっていうのはそう簡単には変わらない。幻滅しない限りずっと「好き」を貫き通す。

 ビートルズにしても村上春樹にしても、、、すっごい有名だし、売れたし、、、とにかく皆好きなはずなのに、それなのに彼らの作品だとか感性を語れる人をあまり知らない。
 ビートルズを語れる人。ここ15年僕の周りには一人もいないって言っていい。知ってる人はいるし、「好き」って言う人もいる。また熱狂的なファンもビートルズの○○展とかいうのに行くと必ずいる。でも「分かってる」人はいない。不思議である。いや、以前高田馬場にある「グラスオニオン」にいた若者達は分かっていたと思う。そういうのってあまり話さなくても分かる。結局大切なのって「ビートルズから何を貰ったか」とか「何を感じたか」ってことだと思う。
 村上春樹を語れる人。これは結構いた。僕の周りにも2〜5人くらいいたと思う。すべては女の子だけど。

 多分、「好きな○○は?」って聞かれて簡単に応えることが出来ちゃって、しかもその好みが変わる人って、それって「好き」ではなくて「知ってる以上好き未満」だと思う。僕は今では緊張せずに「ああ、細野さん最高だよ。」って言えるし、「やっぱり富田靖子さんしかいないでしょう。」って自信を持って言える。それっていうのは、自分の好みそれ自体が僕を形成していて、僕自身の核がしっかりと定まってきたことによる、自分に対する信頼から来る自信であったりする。

   今日何年かぶりに富田靖子さん主演の映画を見た。「あー、こんな子隣にいたら、絶対幸せ過ぎて不幸になっちゃうよー。」って思った。もー大好きである。勝手に恋したい気分だ。多分10年後も20年後も恋してるんだろうな、と思うとちょっと寂しくもある。でもそんな時はビートルズでも聞いて「やっぱりビートルズ最高だよー。」って頭を切り替えるしかないのだ。

送信日時 : 2000年 5月 30日 火曜日 11:51 PM
Column Top Menu


 ♪初恋の感覚「富田靖子様」♪


 前にも一度書いたことがあるんだけど僕は富田靖子さんが好きだ。勿論それは実らぬ恋(?)だし、まあ、そんなことはどうだっていいのだ。ただ彼女の姿(無論テレビや映画の四角い画面上に映し出される彼女の姿だけど)を見ると嬉しくなってしまうんだ。もう一人、見ると嬉しくなってしまう人に____さんがいるけど、今回は富田靖子さんについて。
 実は先週の金曜日、彼女主演のドラマが偶然やっていて、もうその日は一日中胸が満たされた。久々に見る彼女の普通さや自然さは健在。まだ活躍していることを知って安心した。安心? 身内でもないのにね。僕は熱狂的なファンではないので彼女の舞台を見たことはない。きっと素晴らしいんだろうなあ、と想像だけで満足してしまうのは悪い癖だ。
 今週の月曜日、NHKのスタジオパークを何の気なしにチャンネルを回すと小さい女の子の写真。司会者は「今日のゲストは、、、もうお分かりですよね。」と言った瞬間に僕はカラのビデオテープを掻き分けるようにして探し出して録画に成功した。なんせあの!富田靖子さんが生番組に出るっていうのは、、、貴重すぎる。

 まあ、上記の話はどうでもいいんだけど、何で僕が彼女に惹かれるのかっていうことを書こう。それはねえ。初恋を思い出すからなんですね。誰だって初恋のことを思い出すとドキドキしてしまうでしょう? その子とはどうなったとかいうんじゃなくて、「肉体」とか「情熱」とか「生活」とかそういった生々しいものではなくて、少年の日の静かな空気とかその当時の空の青さとか教室で対角線上に座っているその子を授業中隠れるようにして見たりとか、、、そんなことを思い出してしまうんですよね。単なる恋ではなくて初恋。それを富田さんを見ると感じてしまうんだよね。今だってうまく表現できないのもやっぱりその「初恋」ってもんが思考回路をおかしくしてるんだけど。。。
 月曜日の番組でも男性アナウンサーが富田さんのファンらしく、いつもと違ってとても緊張していた。富田さんを目の前にして嬉しそうで。緊張する=>しどろもどろに話す=>富田さんが見てる=>しっかりしなきゃ=>余計力が入る=>もっとしどろもどろになる=>何とか挽回しようとして余計に失敗する=>でもいいや。富田さんが僕を見てるんだから。。。
 恋してしまうとその子の前では上手くものを言えないって時ありますよね。その感覚を彼(その男性アナウンサー)も味わっていたんだなあと思う。
 つまり、長ったらしいんだけど(青木もしどろもどろしてるなあ)、富田靖子さんっていう人は初恋の感覚を呼び覚ます魔力みたいなものを持ち合わせている。それが今もの申す僕の結論。ここでおしまい。退散。

送信日時 : 2000年 6月 30日 金曜日 1:22 AM
Column Top Menu


 ♪クイズ回答者「富田靖子様」♪


 またまた富田靖子さんについて。

 ええーと、彼女の魅力について、僕の個人的な意見を言いたい、書きたい。良く彼女は「その自然さがいい」とか「近所にいる可愛い女の子のような存在」とか形容されて「それは自然体の富田さんがありのままの形で演技に出ているんですね。」なんてコメントされたりする。ほんとにそうかな。
 そこで反論。勿論富田さんは媚びないし、変にいやらしくなったりしない。トークの時も極めて自然体だ。だけど演技だとどうかな。僕は富田さんっていう女優は「自然体な演技をもっとも上手く演じることのできる可愛い女性」だと思うんだよね。つまり女優として「自然体を演じている」ような気がするんだよね。勿論その自然体は日常の中からの引き出しかもしれないし、題材かも、ヒントかもしれないけど、あくまでも「自然」を演技しているんだと勝手に解釈してみたい。
 だから当然、わざとらしい演技もわざとらしく演じてみせるし、それは役柄としてのキャラクターとしての演技だったりするんだ。普通の女優だったらわざとらしい役柄を自然にこなしてしまうという欠陥が生じるんだけど、富田さんはちゃんとわざとらしく演技してくれる所に「プロだなあ〜。」とか「女優だなあ〜。」なんて感嘆してしまう僕がいるんだ。

 ちなみに僕は女優としての富田さんは勿論好きなんだけども、実際の所彼女を好きになったきっかけというのは別の所にある。「アイコ16歳」を見て小学生ながら「かわいい!」と思ったのかもしれないけど、実の所どんなストーリーだったかも覚えていないんだよね。ただ「かわいい!」よりも「好き」っていう感覚を持ったのは確かかな。
 ええ〜と、別の所というのは僕が中学1年生の頃。その頃テレビ朝日で曜日は忘れたけど(月曜日だったと記憶してるんだけど)、毎週夜7:00から司会所ジョージさんのクイズ番組に富田さんがレギュラーで出てたんだよね。印象的なオープニング(ビートルズのマジカルミステリーツアーがオープニング曲!!)で始まって、司会ではにこやかな所さん。そこから一番近い回答席に富田さん。その所さんと富田さんの絶妙なやりとりに僕はしびれてしまったのですよ。はい。こう知的っていうか、馬鹿っぽくてもその中にはちゃんと品位があって、一瞬では笑えないんだけどじわじわと思い出すように笑いが込み上げてくるっていう。あんな面白い番組を見てた人は実際少ないんだろうけど、、、本当に面白かったんだから。本当に。すぐ終わっちゃったけど。

 多分、クイズ番組に面白い知性派女優や歌手を添え物としてではなく武器としてレギュラーに迎えた先例なんじゃないかな。バラエティーにおける_____さんや____さんなどなど、可愛くて話せる知性派アイドル達の先駆者が富田靖子さんだったような気がするんだけど。。。勝手な意見。

 だから僕の場合女優としての富田さんも好きなんだけど、普通のおしゃべりな、もとい、あからさまな富田靖子さんが好きなんですよね。普通だけど変わってて、変わってるけど普通な人。いいなあ。英語でいうサーカスティック? 風変わりな女性って僕好きなんです。って僕が風変わりだから? いや、僕は極めて普通ですよ。その中に変を持ち合わせているっていう。じゃあ風変わりか、、、。おしまいです。

送信日時 : 2000年 6月 30日 金曜日 2:03 AM
Column Top Menu


 ♪青白い映像描写「キッチン」♪


 僕は今クーラーのきいた部屋で一人裸で寝ている。
天井は昔から今までいつまでもどこまでも白い。僕の生まれた部屋、育った部屋、そして、引っ越しして音楽室と化したこの部屋の天井も白い。

 僕はいつの日だったかひと夏をカリフォルニアで過ごした。その時ホームステイ先の部屋には吉本ばななさんの「キッチン」の英語訳が一冊置いてあって、一週間くらいかけて読んだ。僕は英語の本なんて読んだことなかったし、「英語」っていうもの自体あまり好きではなかったし、、、読むのは至難の業だったんだけど、特にやることもなかったし、少なくとも「吉本ばなな」っていう日本の人が書いた文章の中には日本人の感性みたいなものがあるかな、なんて。ホームシックだったのかな。だから読んだ。

 ストーリーはあまりよく覚えていない。ただ青白い光景っていうのかな。冷んやりとした、なんかね、空調のきいた部屋で天井を眺めている感覚だけが残ってるんだよね。ストーリーっていうよりも映像? とにかく良く分からなかったけれども映像だけが焼き付いた、しかも焼き付く映像でもなく通り過ぎるような透けてしまうような映像。うん。

 この前書いたっけ? 富田靖子主演の「キッチン」を見たって。香港か台湾が制作してたと思うんだけど、、、。その映画ね。不思議なことに思った通りの内容だったんだよね。う〜ん、内容っていうのはストーリーのことじゃなくて、映像描写が。感覚が思った通りだったんだよね。薄く暗めででも青白い映像の中の白が強調されててほんわかしててゆったりしてて透明で冷たくて氷とか冷蔵庫から取り出したばかりのゼリーをクーラーのきいた部屋で一人食べる感覚。

 主演の富田靖子さん演じる女の子。彼女もさあ。パンティーとか見えてるのに全然やらしくないんだよね。パンティーっていうのはそれ程強調されず、それよりも映像描写の中にある細部としてのパンティーっていうのかな。女の子の発する言葉、耳を噛む仕草、しっとりとした白い脚、そして白いパンティー。すべて同質なんだって感じた。

 この映画は実は「キッチン」っていう小説そのままを再現してるんじゃないかって思えたんだよね。よく原作とは違う切り口で攻める映画ってあるけど、この作品に限っては原作に忠実に、もっと言えば吉本ばななさんの伝えたかった映像描写を忠実に作品した良心的な映画なんだ。

 国籍は違っても言葉がそれ程理解できなくとも、感じる部分、汲み取る部分っていうのは同じなんだなって思った。作品っていうのはよく表現された後に独り歩きするっていうけど、「キッチン」がそうでないのはそれは作者の持つイメージの強さと描写力の上手さから来るものだと思う。

 ちなみに僕の好きな作家に村上春樹さんがいるんけど、彼の作品に是非富田靖子さんが出てくれればなあなんて思ったりする。「ネジマキ鳥〜」とか「国境の〜」とか「ノルウェイの森」とか。不思議な女の子。似合うだろうなあ。でも主人公の男優は誰がやるんだろう。いないなあ。僕しかいないな。なんて。

20000701 1:50am
Column Top Menu


 ♪NHK4夜連続ドラマ「主演:中村薫さん」♪


 映画「キッチン」における主役富田靖子さんはもうこの人しかいないっていうくらいの適任だ。自然に収まっている所がすごいと思う。女優だから当たり前? そんなことはない。ミスキャストな配役なんてドラマにしろ映画にしろゴロゴロ転がっている。自然に役に収まるっていうのは、、、難しいことなんでしょうね。

 そういえば、自然に耳に入ってくるメロディーって最近あまりないですよね。ギルバートオサリヴァンとかジョンレノンとか。いいメロディーっていうのはその人から生まれてくるもんだと僕は捉えていますよ。楽器がメロディーを奏でるのでもなく楽譜がメロディーを並べるのでもありません。今でいえばコンピュータのシーケンサーやシンセで作曲やっている人多いと思うんだけど、まあ自由なんだけど、そんなので探るように曲を作っているようじゃ、それって____ですよ。面白いものは出来るんでしょうけど、心に残るものは出来ないでしょうね。って僕は思うんですけど。余談でした。

 ええと。つまり、なんにでも適任不適任ってあるってことなんですよね。適任=この人しかいない(メロディーでいえば、これだよ!これ。名曲だよ。心に残るよ。万歳!ってやつです)っていうのって確率的には凄いパーセンテージ低いんだと思います。だって、ジョンレノンみたいな天才がそう何人もいますか? いないですよねえ。大袈裟な話それくらい適任っていうのは、配役この人しかいない!っていうのは余程の力量を持った俳優さんでしか成し得ないことだと思うんです。

 そんなことを「キッチン」の富田靖子さんを見て感じました。最近僕は富田さんばっかり褒めてますねえ。

 ちなみに今までで心に残ったドラマの話をしましょう。それは僕が15、6歳の頃。あれは冬でした。NHKで4夜連続ドラマっていう特別のプログラムがあって。印象に残ってるんですよねえ。勝手に思いつきでストーリーをなぞると、、、男は過去に何か過ちをおかした。人を殺したのだろうか。妻を見捨てたのだろうか。そんな過去から離れた場所に身を置こうとする彼。ただ隠れる場所を求めていたのか、心を癒す場所を求めていたのかは分からない。彼は北陸に辿り着く。しんみりとした城下町。女主人が一人で経営する民宿に彼が身を潜める。そこでの彼の一つ一つの動作が顔つきが呟きが、、、クローズアップされる。。。。。。

 これは、、、最高にかっこいいドラマでした。(中略)

 主演は誰でしょう。富田靖子さんじゃありません。男性です。そう。中村薫さん。僕はねえ。当時彼にゾッコンでした。純粋に「かっこいい」と思える男性でしたね。彼が民放でつまらない役をこなしていると「彼はこんなダサくないんだ! もっとかっこいいんだ!」なんてね。向きになって言い張ったり。でも、今思えばこれも「ダサい役」を完璧にこなしていたのかも知れません。富田さんが「わざとらしい役」を完璧にこなすように。

 もう一回見たいなあ、あのドラマ。NHKっていうのはなんていいドラマを沢山作るんだろう。今朝新聞で見たんだけど、NHKからいくつかのプログラム(音楽とかスポーツとか語学とかかな?)がビデオ化されているのを知ったんだけど、是非過去の名作ドラマをビデオ化して欲しい。「怒る男わらう女」とか、AVビデオを題材にした桃井かおりさん主演の自分自身を取り戻す作品とか、筒井康隆さん主演の北海道を走る感動の物語とか、、、まだまだあったはずだよ。いじめにあってる女の子が髪を金髪に染めちゃうドキドキものとか。

 もし、この文章をお読みになった方で、その中村薫さん主演のNHK4夜連続ドラマのタイトルを覚えている方とか録画ビデオをまだお持ちの方は、是非是非連絡して下さい。いないだろうなあ。それが駄目なら、NHKの方(?)再放送を望む者ここに一名!

20000701 2:35am
Column Top Menu


 ♪イメージの完全なる追求は「未完成の完成」を促す♪


 何でだろう? 何で村上春樹さんの小説をドラマ化しようとする人はいないのだろう。難しいのかな、やっぱり。描写が難しい。淡白な演技をすればいいってもんじゃないし。「僕らはその後30分程どの球団が優勝するか議論し、コーヒーを飲み直して、寝た。次の朝、、、」(こんな場面実際小説上にはありません。多分。)なんていう描写はドラマ化されにくいのかも。でもそれって俳優さんの力量で決まるような気がするんだよね。

 もし村上春樹作品がドラマ化、映画化されるのなら、原作に忠実であって欲しい。それを越えるストーリーなんてないもの。もし「ねじまき鳥〜」が2時間の映画で収まっちゃうんなら僕はみたくないなあ。「ねじまき鳥〜」はさっぱり終わらして欲しくない。ねっちりと深く、心を揺さぶって欲しい。音楽なら僕創りますから。っていうかもう「ねじまき鳥〜」用の音楽創っちゃったんですけど。「Misery」って曲なんですけど。差し上げますから。7、8分の長いやつなんですけど。あ、まだ完成はしてないんですけどね。未完成の完成、それが今の状態です。まあ色々ありまして。

 ちなみに「羊をめぐる冒険」の曲も大学2年の時に創ったことがある。「少年の夢」ってやつなんですけど。それも10分くらいの長い曲だったように思うんだけど。それも未完成の完成なんですけど。村上春樹さん関連の楽曲は長いんですよ。そして未完成になってしまう。それが特色です。

 ってことは、、、。誰も春樹さんの作品を映像作品に取り上げようとしないのは、それは「未完成の完成」になってしまう恐れを抱いてしまうからなんじゃないかなって思うんですよね。「イメージの摂りようによってはもっと密が濃くなるはずだ!」とか「原作以上に広々とした曇り空を演出したい!」とか「淡白なベッドシーンの中にどこかに深い何か、その何かを探し求める主人公。そんな役を演じてくれる俳優はいないのか?! いや、それ以上に母性をくすぐる少し無愛想な人物像が求められるなあ。」とか。監督さんはこだわりあるだろうから、なかなか完成まで持ってくことなんて出来ないんだろう。出来たにしても時間がかかる。その監督さんの一生分の何年かを割かなければならないんだ。

 求めるものってなんだろう。僕は以前Pee-Trops名義で「おしっこのわな」というコンセプトミニアルバムを創った。バッキングトラックの上に芹澤さんという女性ボーカルを自宅に呼んで創った。その時僕は彼女に沢山の分かりずらい注文をつけたように記憶している。「もっと跳んで!」「うまく歌わないで!」「もっといい加減に!」「今日は日曜日でぽかぽか陽気。外は明るい。芹澤さんはゆっくり歩いているんだよ。そして道ゆく人が芹澤さんに話し掛ける。絵本みたいに、紙芝居みたいに、くるくる情景が動くんだよ。はい、こんにちはって。」「感じるうーってくらいに!」「ウ〜〜〜ウーーーだよ。ウーーーウーーーじゃなくて。」「そう。おさまり具合が抜けてちょっと掠れて、、、。」

 出来た作品はもう正にイメージ通り。不可思議な遊園地の出来上がり。上出来。周りの人にも評判は珍しく良かったし事務所に呼ばれたりラジオでもかかった。やっぱりさあ。「求めるもの」を追求していくとその「求める」イメージが例え「不可思議な遊園地」とかいうふざけたものであっても理解された時点で評価してくれるもんなんだって思った。程度こそあれね。

 だからさあ。是非さあ、村上春樹さんの作品を映像化しようと試みる監督さんがいたら、頑張って創って欲しいんですよね。イメージの追求。具現化。そこには数多くの苦難が待ち受けているんだろうけど。恐れずにイメージを完成させることに欲張って欲しいなって思います。勝手ですよね。いや、もし試みる人がいたら是非ってことで。あ、漫画で「国境の〜」とかも読んでみたかったり。それは贅沢か。

20000701 3:15am
Column Top Menu


 ♪空を飛びたいね♪


  ●●●少年の夢●●●(カセットMTR音源 56K) 作詞作曲&制作録音:1994年5月29日


〜〜〜僕はずっと夢見てたんだと思う。僕の夢? 長ったらしいもんさ。僕の曲と同じようにさ。〜〜〜

 「少年の夢」は大学2年の春の作品。記録に寄れば1999年5月29日mixってあるからそうだ。今思うとどうってことない曲。だけど当時の僕にとってはかなりお気に入りの曲で、超自己陶酔に耽っていたと記憶する。留学中もホームシック(っていうか孤独)の時はこの曲を大ボリュームで聴いて、『解放』へと向かわせた覚えがある。きっと通りがかったフロアーメイトからは「変な日本人が変なお経音楽を聴いてるぜ!」って思われたに違いない。

 村上春樹さんの小説を初めて読んだのは、中学2年のクリスマス。当時、小説一冊を1、2週間かかって読んでいた僕にとってはかなり革命的で、その『ノルウェイの森』に限っては一両日で読めた。

 実際に彼の小説にはまったのは大学2年の春。「あ、今俺ハルキってるよ。」「青木やべぇよ、ハルキってるよ。」っていう会話がよく成り立つ程僕はハルキっていたのだ。「ハルキる」とはどういうことか?! 教えない。まぁ、、、村上春樹小説に出て来る主人公的視点で物事を観る事だよ。

 小説を読む方なら誰しもがそうであるように、主人公と自己同一化するでしょう? 村上春樹さんの小説の主人公っていうのは特にその自己同一性が高いんじゃないかって思う。「共感」とかいうんじゃない。例外的な価値観の受容、視点の一致、可能性への認識。。。かな。


〜〜〜僕は北海道のおっきな草原で、大の字で寝っ転がった。その時の空をただ表現したかっただけなんだよ。〜〜〜

 思春期っていうのは色んな事考える。想像力豊かだ。思考回路が一番「大人な」時期だと思う。かっこいいんだ。思春期ってかっこいい。

 多分、『羊をめぐる冒険』を読んだ大学2年の春、僕は初めて『ノルウェイの森』を読んだ中学2年時にタイムスリップしたんだと思う。思春期の心が蘇ったのかもしれない。そして見えたイメージっていうのは、主人公が草原で寝っ転がって見た『空』で、青木真人はその『空』を『少年の夢』にかけたのではないかと思う。

 思春期っていうのはある意味切羽詰まった時期だと思う。「思春期=夢=空=校舎=飛び下り自殺」っていう構図は誰だって持ったことあるだろうし、だからこそ、「少年の夢」と冠したこの曲はどこか『解放』的なんだと思う。10代で書いた「思い出」「彼女は、、、」「思春期」「ソプラノの君に会いたくて」「大空はIllusion」「Pocket Fantasy」etc.のどの作品よりも『解放』へと近づけたんじゃないかって思う。思春期の空へ近づけたんじゃないかって思うんだ。

20010506
Column Top Menu


 ♪面白い事しませんか?♪


 何か面白い事ないかなって考えてみる。かくれんぼ、ドロケイ、ろくむし、、、ドッヂボール、バスケ、野球、、、。する相手なんかいないよ。子供でも作ってキャッチボールするかぁ。金魚掬い、、花火。ローラーブレードなんかいいなぁ。独りで風を切る。

 ええと、つまらないことかもしれないけれど、大人で走っている人を最近目にしていない。勿論電車に駆け込む人やジョギングしている人はいるんだけども。僕の言っているのは「訳もなく走る大人」がいない!ってことだ。

 子供の頃っていうのは訳もなく走っていたんじゃないかって思う。小学校からの下校時にスキップしたり、意味なく「青ちゃ〜ん」って走り寄って来る奴とか。大宮駅構内を友人達と走り回ったり。そんな日々ってあったと思う。

 面白い事っていうのは遊ぶ事だ。思いっ切し遊ぶ事だ。テレビゲームも面白いんだろうけど、でも、結局は「体を動かす」のが一番で、それだけじゃなくて「頭も使」えば更に面白さが倍増する訳である。

 僕が学生時代にやっていた遊びは街ぶらである。とにかく歩く。東京を無目的に歩く。そこで思い掛けなく素晴らしい光景に巡り合えたり、穴場っぽい隠れ家っぽいお店を見つけたり、路地裏のひんやりした空気を感じたり。体を動かすと同時に脳味噌の欲求をも満たす。そんな遊び。

 僕が大学時代後期で見つけた遊びは『大御所』である。作詞作曲のコラボレーションから得られる作品の完成。どんどんエスカレートして、写真撮ったり、ビデオ回したり、で、夢を語る。更に嵩じてデモテープを送付したり、レコーディングスタジオでCD焼いたり、ライブすることになったり、ラジオで曲が流れることになったり、変装したり、「今度は光る口紅付けようかしら・」なんて。「俺のヅラは世界一!」なんて(言ってない言ってない)。今度やるライブにしても大御所の二人は踊って歌って。で、楽しいんだな。これもやっぱり体を動かして何かを表現するからこその面白味だ。そこに夢や目的が含まれてるからもっと楽しいのである。

 そんな面白い事。僕はまだ色々探してるんだ。みんな、一緒にあ〜そび〜ましょ。

20010511 0:10am
Column Top Menu


※わざわざこの頁まで辿り着いて、更にここまで読んだ方。あなたは『大御所ライブ』絶対来るべきです。
面白いんだから。本当に面白いんだから。詳しい事はライブ情報を見てね。




 ♪まろやかに熱く、、、♪


 20数年も生きていれば嫌な事にも沢山出くわす。気分がブルーってもんじゃなく、Serious Blueだ。邦訳すると「どん底」とか「絶望」だろうか。以前別れた彼女の言葉を借りれば「失滅感」かな。「Serious Blue」是非覚えておいて下さい。

 そんな時に出会いたいものってのは、熱情、血、赤、hotなもの、坦々麺。そう、ブルーな時にはレッドなものを欲すってのが青木ってもんである。僕は阿佐ヶ谷駅から家路へとろとろと歩いていた。何か欲しかった。passionが欲しかった。通りすがりの自転車に乗った女の子に声をかけたくなった。とろとろ。とろとろ。そして目に入ったのがラーメン屋の『坦々麺』という看板。バス停留所である阿佐ヶ谷営業所の前に位置するそのお店の坦々麺は絶品である。前にも4、5度来た事がある。でももう時計は11時を過ぎていたしお腹もどちらかと言えばいっぱいだ。「でもね。僕はさぁ。やっぱり青い時は赤を求めるのさ。」

 ガラガラ「あのぉ〜。坦々麺食べたいんすけど。」「坦々麺だったら店閉めてからでも作るよ。だってうちの看板は坦々麺なんだから。」 僕は妙に嬉しくなった。あの坦々麺が食べられるのである。甘くて辛くてまろやかで何とも言えない辛さ。そう言えば、いつも鬱になった時はこの店の辛さを欲すなぁ。
 そしてオヤジさんの妙に嬉しそうな顔は忘れられない。「なんつったってうちは坦々麺なんだから。これで商売してんだから。」 そこには彼なりの坦々麺に対する自信が見受けられた。
 僕は、、、。今、音楽に対して自信がない。自身で作った楽曲には自信がある。でも完成型となるとどうか。特にライブでは僕の音楽は映えないなぁ。お客さんを喜ばすステージをソロで果たして出来るだろうか。そんなに僕は演奏できんし、音響派の人達みたく「ズンズンピコボコジョビンジョバン」、なんて出来ないよぉ。僕のソロはきっと「チリンチリンスカフォンタプサシャ」って感じだと思う。きっと白けるかな。いや負けないぞ!
 そう考えながら麺をずるずる食べ続ける。ずるずる、ずるずる。なんでこの店の坦々麺は旨いんだろう。そうだ!このオヤジさんにこの坦々麺の旨さの秘訣を教えて貰おう!その心意気や極意を学んで僕の音楽創作へ持ち帰る事は出来ないだろうか?! 聞こうか聞くまいか迷った。
 青木:「ここの坦々麺って旨いっすよね。」オヤジさん:「でも全然売れないんだよ。みんな坦々麺頼んでくれればこっちも有難いんだけどね。違うもん頼むからお蔭で逆に忙しいんだよ。こっちは坦々麺でこの店売ってんだけどね。中々売れないんだよ。好きな人は好きなんだけどね。」青木:「旨いっすよ、絶対。」オヤジさん:「あなた前に来た事あるんですか?」青木:「今日で5、6回目ですかね。」オヤジさん:「あっそう! これはどうも。大抵は顔覚えてるんだけどね。」青木:「いやぁ〜、最近髪染めちゃいましたからねぇ。あと独りで来たのは最初の時と合わせて2、3回ですから。」ずるずる、ごくごく。青木:「600円でこれっていうのはかなり安いと思うんですよ。」オヤジさん:「中には○○○○円出してくれるお客さんもいるんすよ。」オヤジさん:「まぁうちは遠くからの人が多いんでねぇ。なかなか近くの人は。。。だからいつもガラガラなんだ。」などなど。ずるずる。ごくごく。あ〜食べ終わった。

 「ご馳走様です。また来ます。」と会釈。勿論スープは全部呑み干して店を出た青木青年。嫌な事なんか吹っ飛んだよ。まったく、ふふ。結局おやじさんから極意を聞くのは忘れたが、それはまた次回にしよう。今夜はなんか嬉しいんだ。そうだな。僕も「好きな事は追求しよう。」

 まだ家までは20分くらいの道のり。相棒の吉田に電話で坦々麺話を一方的に聞かせた。大御所の音源も250円で売ろうとしてたんだけど、なんだかおやじさんの心意気に学んで200円で売る事にしたよ。そうだよ。僕だって金がどうのこうのじゃなく、若者:「この曲いいっすよね。」青木:「いやぁ、なかなか売れないんだよ。」若者:「いや、いいっすよホントに。俺は好きっすよ。」なんて言われてみたいもんである。
 そう言えば、今日のライブハウスでMinakoさんからの紹介で会ったVJのM田さん。彼から「Hot Milk、HPからなくなっちゃったんですか? あれ好きですよ。」 嬉しいものである。作者にとって曲が褒められる事程嬉しい事はない。『坦々麺』のおやじさんじゃないけれど、そんな嬉しい事言われちゃあ、やっぱし一度は完成度低いからって、発表取り止めた「Hot Milk」だけど、載せない訳にはいかんね。「なんせ青木は楽曲でこのHP売ってんだから!」(笑)

  ●●●Hot Milk●●●(MD8MTR音源 88K) ●詞●  作曲:1990〜1999年不明  作詞制作録音:1999年度冬

 今日は色々あった。20数年も生きてると嬉しい事に沢山出合うもんだね。ほんとに。

20010520 0:30am
Column Top Menu


 ♪やさしさ♪


 これでもか!これでもか!って僕は前へ前へ進んだ。
  これでもか!これでもか!ってね。
  「熱い想いはそう簡単には冷めないぜ。」
   「俺は夢から醒めないぜ。」
    「イメージはまだまだ色褪せないぜ。」

 だからさ。許して欲しいんだ。
  これでもか!これでもか!って受け留めて欲しい。
   それでいて立ち停まらない僕を許して欲しいんだ。

20010516 9:50pm
Column Top Menu


文章沢山書き過ぎてしまったために、当ページの容量がいっぱいいっぱいになってしまいました(笑)。
よって、新たな文章は6月号からということで。これからも御愛読の程宜しく。