・・・連載!P e e 秘 話・・・

。。。嘘よ。。。  『 空 想 嘘 』

> 今日の夜(もう今とも言う。。)
> 空いてる?
>
> ○ ○ こ。
>

今、メールを開く。
「まあ、さっきチェックしたばっかしだし、誰からも来てないだろう。。。」
来ていた。 女の子からだった。
しかも二つ。  同じ子。
彼女は「今夜どう?」って聞く。ストレートだ。僕と抱き合いたいのだろうか?
彼女は可愛い。目がぱっちりしている。声も可愛い。同性にももてる。

 初めて僕のことを「さん」付けで呼んだ子でもある。初めてのデートの時は30分も池袋のプラットホームで待たされた。「ごめんなさ〜い」とおっきな目をくりくりさせて、まるで、僕は「だるまさんが転んだ」の鬼で、振り向いたら彼女が澄ましたでも悪賢くちょっぴりキュートに柱に隠れて顔だけ出して立っている。そんな感じ。

 彼女と出会ってからもう3年にもなる。肉体関係はない。最初は下心もあったし、今も少なからずあるんだけど、なんか下心っていうのはずっと持っていると、その下心自体とも親しく付き合っていけるものらしい。「僕は彼女への下心と快く付き合っている。」---その表現が正しい。

 今夜は、、、。僕は家族で久しぶりの顔を突き合わせての食事だ。ワインは赤だろう。僕はメールを閉じる。そしてリビングへと向かう。



 『 苺 の パ ン ツ 』

 彼女と初めてのデート。それは彼女の苺のパンツを初めて見た時でもある。
 吉祥寺の雑貨屋さん。小さなサボテンが並ぶ。「かわいい〜」って。テメエもかわいいぜって。二人してしゃがみ込む。そして、彼女のパンツがくっきりとはっきりと見える。「とてもオープンな子なんだ。大人だな。全然気にしないんだ。」 勝手にそう思い込んでしまった僕。頭の中は苺のパンツ。いちごのぱんついちごのぱんついちごのぱん。いちごパン。

 無邪気っていうのは女の子の最大の武器だ。大学時代のこと。構内で可愛い女の子が僕に手を振る。正直言って嬉しい。僕も手を振る。それでいてそれだけだったりする。いや、「それだけ」が良き日々を生むことだってあるんだ。
 一度、失敗したことがある。ピラミッド校舎の前で女の子が「青木く〜ん。」 その子は可愛い。細身で目がぱっちりしていて気さくで、それでいて女の子らしい。僕は嬉しいものだから、大きな声で笑って立ち話を始めようとしたその時、僕の口の中から何かがぶっとんだ!! 歯の矯正ギブスだ。放り出されたギブスを拾って、ポケットの中に仕舞い込む。何事もなかったように笑って誤魔化す。その子、不思議そうな顔をしていたなあ。まさか手品と思ってくれてやしないだろう。僕は洒落た奴ではなかった。

 僕の作品の中に「空飛ぶ回転木馬」っていうのがある。今聴くととてもありきたりだし、聴いててむずがゆくなる歌詞だ。まるで学生らしい映像。それともう一つ、「あの子」って曲もある。これまた学生時代のことを唄ったものだ。これまた恥ずかしい。
 人は恥ずかしいことを幾度も経験して生きていく。ただ、そこから何かを学び取ることだってある。経営でいえば、「次に活かす」だ。「同じ失敗は二度と繰り返さない!」だ。でも恥ずかしい経験を自らがしていると気付かない場合はどうだろう。多分、「失敗」という評価なり感情を頭にインプットしていない訳だから、何度も同じ恥ずかしいことを気付かずにやってのけるんだろう。

 そう、苺のパンツだ。多分、彼女はそれまでにも幾度か可愛いお花や雑貨の前でしゃがみこんで、「可愛い〜!」って言ったと思うんだよ。そして近くに男の子がいるっていう可能性だって多々あると思うんだよ。それで彼女の太ももとパンツがくっきりと見えるんよ。男の子は自然と視線がねえ。
 後になって彼女に「実はあの時さあ、、、」って話した。いや、普通だったらすぐその場で言うんだけどね。丸見えでしかも純真に笑ってこっちを見られるとね。理性を働かせて注意する方が野暮ったいかなって思っちゃうよね。元来人類は裸だったんだって、、、もっとナチュラルに生きていこうよ青木って、、、さあみんなペガサスごっこしようよって、、、。
 彼女は驚いてた。「嘘〜!」って。その時気付いた。彼女も普通の女の子なんだって。それまでは本当にさあ。見せても大丈夫な子なのかと思ってたりもしたし。っていうか、「見られてたって何される訳でもないし、見る方が恥ずかしい行為よ。だから私は平気なの。見られてるだけだもの、苺のパンツを。」っていう先進的な未来派女性かなと思ってたりもしたんだ。それは僕の勝手な妄想。
 何だっけ? そう、苺食べたいなって。。。苺のパンツ。まだ焼き付いてる。ジョンレノンも言ってた。
 「いちごよ!永遠に!(ストロベリーフィールズフォーエバー)」  名曲だ。



。。。ピ ン ク。。。  『 右 脳 初 期 』

「青木さんは右脳の人だよ。」
 その時から僕の左脳は影を潜め、右脳の大活躍。右脳っていうのは褒められるとはしゃぐんだ。左脳は相手にされないとしょげはしないんだけど、「オレいいや。出番ないもの。」って独りでさっさと去っていく。誠に憎い奴である。
 彼女との初期の電話口での話は「右脳と世の中の例外性」についてだったように思う。「世の中ではどんなことでも起こり得る」という可能性。「こんな人もいる。そんな人もいる。」っていう体験談。

 「あたしねえ。(彼女は彼女自身のことを「あたし」とは呼ばない。自身の名前で呼ぶ。ここでは雰囲気が「あたし」なのです。)この前新宿駅の南口改札で友達を待っていたの。そしたら、急におじさんがあたしになだれかかってきたの。そしたらさあ、そしたらねえ、あたしがキャーって驚いたら、そのおじさんどうしたと思う? 笑いながら赤ちゃんみたいに地面に倒れるの。それもゆっくりとスローモーションなの。想像できる?」
 「うん。分かるよ。」
 大体初期はこんな感じだ。僕は彼女の引き出しの数の多さに興味を覚え、彼女は僕のことを知ろうとすればする程どんどん喋る。だから僕は楽だった。話し手になること程疲れることはない。自分自身をさらけだしたり主張したりして、後で恥ずかしい思いをしたり相手を傷付けやしなかったか、なんて後悔するのがおちだ。また、聞き手になる時でも相手によって態度が切り替わる。。つまらない恋愛や人生の相談を受けたりするとその時間は僕は偽善者に成り切る。
 「悩み」っていうのは自分で解決するものだ。だから「相談」してはいけない。しゃべって解消するくらいのものであればいい。でもそうでない場合は、まずジムで汗を流す。サウナとシャワーでリフレッシュする。新しいパンツと靴下を履いて準備完了だ。家に帰ってコップ一杯のプアール茶を飲んで、、、。まだ悩んでいるようだったら悩みを文章にしてみる。そして誰かに送信する。もし迷惑がかかるようなものであったら「下書き保存」を選んでおいて後で読み物として楽しむ。「あっはっは。これって面白いぜ。俺って面白いぜ!」 こうして悩みはいつしか作品となって世に出る。
 その点彼女との電話はとても有意義だった。面白い話を持っているっていうのはとても素敵なことだ。映画を見たあとの満足感、映画館を出た後も心は花、涙、夢。そんな感じ。彼女はあの電話口においては演出家であって僕を如何に世界に引き込むかって尽力しているんだ。僕はね。どんどん吸い込まれていって、、、。

 初期? いつからいつまでが初期で今は何期? だなんて考えたこともないんだけど、こう大別してみよう。出会ってから二人だけの何とも形容し難い関係だった頃が初期。彼女と僕の中学時代の友人を引き合わせたその日からが中期。彼女と僕があるユニットを組んだ日からが後期。今は、、、。何なんだろう。分からない。

 僕は今、初期の話をしている。中期以降は内容が複雑だ。初期はもっと世界に幅があったし、想像力にも限界がなかった。

 彼女が笑う。周囲の人はジロっと見る。そして「何だ!この子は!」って顔をする中年のサラリー0万。それでも優しく見つめ包んでくれる50代のおばちゃん満点。興味を持ってくれる同年代の人達頑張ろう。彼女といると決まって得をすることが多い。
 声の高い女の子っていうのはちょっと得だと思う。それは可愛い子や綺麗な子、抱きたくなるような体をしている女の子よりも得だ。声っていうのは外見ではない。声っていうのはねえ。目ではなく耳に入って来るものなんだよ。現代人はビジュアルはあまり信じない。それよりかは耳に入って来るもの、口にするものの方を信じる傾向にある。「この曲いいよね。」「ここのラーメンは本当に美味しんだから。食べようちょ。」「声」、、、メッセージを相手に伝えるために発せられる音。そして決まって高い方が耳に入り易い。ベースよりもテノール。よりもソプラノ。の方が旋律が聴き取り易いんだ。
 だから、例えばの話。東急文化村でピカソ展を見ようとした女の子と僕。その子が一言「あっ、チケットがなーい。どうしよう!」って言ったらさあ。近くにいたおばちゃんが、やれやれ、「はい、これあげるわよ。あまってて使い道ないから。」「えー、いいんですか? 嬉しい!」「ありがとうございます。」という話。声の高い子と一緒にいるとこんな図式???が成立するんだ。注目され易いってこと。人の目を惹くってこと。

 いいことばかりではないんだろうけど、男である僕と一緒にいる時に限っては、ストーカーも悪戯電話も露出狂が強の人も近づいて来ない。無縁なのだ。

 えーと。右脳の話。忘れちゃったよ。そうそう。初期と後期は右脳で繋がっている。中期は後期のための準備段階。僕と彼女は右脳で繋がっていた。ユニット名は「ウノーズ」ではない。「胸のはじまり」の意味は誰にも分からないだろう。「See Through Dance」なんて曲はあまり聴かすことの出来ない代物だ。彼女と肉体関係はない。それだけは言っておこう。それだけ言って、、、リビングに行ってもいいかなあ。



 「 い ち ぱ ん 」 へ 行 こ う !!

> 都イチゴのパン
> 都いちごのぱん
> 都いちごのパン
>
> 以上のうちご希望の賞品を明記の上送付願います。
>
> 。。。どんな味かは食べてみてからのお楽しみ♪
>
> 一体何のことなのか分かる??

 もし、あなたがこういった文章を可愛い女の子から貰ったとしたら、どうします?
何を選ぶ? 僕はねえ。「都いちごのパン」かなぁ。これって直感なんだよね。苺は「いちご」でなくちゃやだし、パンは「パン」がいい。でも、苺パンだったら「いちごぱん」がいいなあ。
 勿論「いちごぱん」の包装は彼女の苺のパンツが使われる。そのパンツを頭に被りながら食べる。これがまたうまいんだ。売店では彼女がすべてを切り盛りしている。僕を含めて男達はみんな買ってからすぐその場で食べる。彼女に食べる姿を見つめられていたいし、それが彼女との唯一のコミュニケーションなのだ。そして、食べ終わったら被っていたパンツを彼女に返す。みんななかなか礼儀正しい。「あ、これパンツキープしておいて下さい。」「あいあい、分かりましたよー。」 次回もまた買いに来るぞ(実際は会いに来るぞ!!)という意思表示なのだ。

 そんな売店があってもいいと思う。世の中はまだまだ明るさを取り戻してはいない。そんな時にはこんな情景があったっていい。未知に満ちてたっていいんだ。
 会社のお昼休みに「おう、青木。いちぱん行こうぜ!」「いちぱん、被りますか?」なんていう会話があったっていい。それはコミュニケーションの単なる糸口に過ぎない。でも、少しでも世の中が明るくなればなぁ、なんて僕は思うのだ。



 『 信 じ 合 え る 女 の 子
       や さ し い ゲ イ   ど こ に い る ? 』


 「ねえねえ聞いてよ!」
 彼女は話し始めた。唇のほくろを指しながら
 「これね、海苔なの。唇についた海苔、そのままにしてたら皮膚の中に入っちゃったの。」
 変わった子もいるもんである。
 「誰も信じてくれないの。でもね。私と同じようにやっぱり唇にほくろがある子がいて、彼女も海苔だって言うの。私達そこで共感し合えたの。」
 その子も変わった子である。

 実際は「海苔がほくろになった」か「これは海苔なの」ってどっちを主張していたのかは忘れた。でも僕は「海苔がほくろになった」と解釈している。勿論それは海苔でその色素が唇に残って結果的にほくろという地位を得た。これを海苔の昇格と呼ぶ。

 彼女の話を信じない人、頭がどうかしている。ささった鉛筆の芯の箇所がほくろになったり、髭そって血がでてそこがいつしかほくろになってしまうってことだってある訳だから、海苔がほくろになったっていいんだ。そんなの自由じゃん。

 僕はそこであることを思い出した。小学校4年生の時、足の爪を切っていたら、うまい具合に半開きの口を通って喉に突き刺さったことがある。勢いで飲み込んでしまいその後半年間チクチクして痛かった覚えがある。忘れた頃にチクリとして、「ああー、まだ残ってるのか、爪の野郎。」と悔しい覚えをしたことがある。そんな体験を言っても多分誰も信じないだろう。「え? なんで爪が口の中に入るの?」ってね。

 それから何年後かにもう一度足の親指の爪を飲み込んでしまったことがある。油断してたんだ。飲み込んでしまった瞬間、ぞっとしたものだ。だって半年間もまた爪に悩まされることを思うとね。地獄だよ。でもその時は僕の体の機能(?)が発達していたのか、爪は3ヶ月でうまい具合に溶かされ、苦しみから解放された。

 海苔を唇に隠し持つ女の子。爪を2度も飲み込んだことのある男の子。そんな二人がユニットを組むなんて誰が信じたことだろう。そんな二人が繰り出す世界っていうのはねえ。やっぱり誰も信じられないんだと思うよ。でもね。楽しみにしててね。



。。。ピヨピヨ。。。  『 ヒ ー ロ ー イ ン タ ビ ュ ー 』

「ねえ、歩こうよ。折角だし。」
線路沿いを歩く。聞こえるのは僕達の話声と足音だけ。
「ピー、ピー」
「ピー、ピー」
その頃はもうほとんど出来上がっていた。あとはコンセプトを持ち合わせるだけだ。
あの時、僕は本当におしっこしたんだろうか?!
「ちょっと待ってて。ねえ、誰も来ない?」
「大丈夫、誰もいないよ。」
シャー、、、、、、。
そこでおまわりさんがこん棒を持ちながら
「おい、そんなとこで何してんだ!!」
「いえ、ちょっと。縄張りの問題がありまして、、、。」
ズンチャカ ズンチャカ チャチャチャ スメパ〜

「それでさあ、それでさあ。オ○ムの弱い人はオムツを被らなければならない!」
「うふ。切り干しダイコンとセロリ、セリ、、、セリ、、、。」
「いやいや、みんなおしっこの罠にはまっていくんだよ。」
「少年少女が繰り出す『おしっこのわな』。あ〜な〜た〜は〜もう逃げられない。」
「ペガサスごっこしようよ。とんでる!とんでる!」
「あっ。三番星見〜つけた。私の勝ちよ。」
「俺はもうすっかり価値東風だよ。」
「吉田です。今晩は。」
「僕らは20代!」
「ガッハッハ。この世の中で一番キュートで憎らしくて苺のパンツの似合う子だ〜れだ?!」
「俺はやっぱりじゃがいもコロコロバーガーとフレッシュにんじん。」
「私はねえ。スリリング犬が好きよ。」
「お茶目タクシーの運転手も好感持てるよね。」
「それにでるでる坊主は?」
「さあ、アンタはどっちに何ベット?!」
 
あの頃はもうほとんど出来上がっていた。デキアガッテ、、、、、、いたんだ。

オリジナル盤は計25分25秒。「にこにこ」だ。
偶然だが、大御所の『Taste One』は計57分57秒。「こなごな」。何かを暗示していたんだろうか。いや、偶然だよな。

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 Pee-Trops  『おしっこのわな』

 今回お送り致しました作品『おしっこのわな』は、誰もが口ずさめるメロディーを基調にし、そこに可愛らしさと謎を加味したものです。
 不可思議な遊園地を想定し、楽しく聴けるように努めました。一所懸命作りましたので、是非聴いて下さい。
 CuteでPrettyちょっと可笑しくて、聴いてくれる人がHappyな気分になれるようなUnitを目指しています。
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 不可思議な遊園地。行ってみたいと思ったことがある。それならそんな世界を創ってしまえばいい。それで実体験できる。
 「君君、これが君の言う不可思議な遊園地かい?」 そうさ。これがPee-Tropsなりの不可思議な遊園地なのさ。分かってくれないなら、おしっこ攻撃だい!!



。。。ピース。。。  『 お 姉 さ ん 、 は い ! 』

 どんな形であっても出会いっていうのは、不思議なものだ。仲良くなってしまえば別になんとも感じないものだけど、最初は偶然であり、必然であり、運命だと思い込んだりする。

 例えば、こんな話がある。
 僕はある楽器屋さんに足繁く通っていた。欲しい楽器があった。そこの売り場にはいつも大体決まった人がいて、僕が行く頃はいつも彼女が立っていた。目をぱっちり開けて。店頭にはいくつか鍵盤楽器が置いてある。それを愛しそうに触れている彼女。
 「わたし、小さい子供達に教えたりするのが好きなの。」
 「学校に通ってたの。」
 「この近くではOldNewがいいですよね。」
 「まあ、趣味ですけどねえ。ピアノの音が好きなんですよ。」

 僕は結局、鍵盤楽器を購入した。それはある意味、店通いの卒業を意味したりする。しなくてもいいんだけど、行動にある程度理由付けが欲しい僕にとっては、楽器を購入した時点で店に通う理由を失った訳だ。
 「あの可愛いお姉さんにも会えなくなるなあ。ちょっと寂しかったりする。」
 もし、未来を予測できていたら、僕は彼女にこう言っただろう。
 「あのー、僕とピーしませんか?」 「ええ、楽しそうね。」
それとか、
 「あなたは僕の曲を唄う運命にあるんですよ。」「そうなの? 本当に?」
でも、僕が言った言葉は、、、。内緒。。。。。。

 結局僕達は友達になり、その2年後ユニットを組むことになる。その名前はねえ。教えてあげようか。    「Pee-Trops」、、、。もう知ってるか、、、。




 『 神 様 の 言 う 通 り 』

 彼女とは良く歩いた。戸山公園だとか新青梅街道だとか神楽坂に花園神社。距離にするとそうでもない。時間にしてもそうでもない。でも、歩く上で欠かせない「感じとる」っていうことにかけては彼女は長けていた。決して鋭い訳じゃないんだけど、受け皿が広く深い。また経験として既に受け入れて来た物事が多いんだ。

 いつのことだったか、、、。新宿の町。そこから四ッ谷の方へ。錯覚として右手には東京タワーが見えたし、事実としてコンビニでトイレを数回借りた。ゴールは何処だったか覚えてはいない。
 まあ、ゴールなんてモノは存在しないんだ。そんなことは分かっている。---アルバムを一つ創りました。はい、これでオシマイ。---そんなことはない。アイディアってものは溢れ出てくるものだし、メロディーも絶えず流れてくるものだ。だから、ゴール!を感じることなしに、、、休めないんだ。
 歩くっていうのは創るっていう作業に少なからず似ている。歩く過程が面白かったり、そこでリズムを感じたり、色んな感性や視点を吸収したり、息遣い、カーブを曲がる時の体のひねり具合。歩くとか創るとか生きるっていうのは、、、終わりがない。面白い。
 人生は有限だ。その中で無限を感じたっていい。それは3分の曲を語るのに10年を要するとか、一つのイメージを創り上げるのに3年要するとか、、、そういう風に断片を掻き集めたり、粒子を噛み砕いたりして、有限の中で無限を感じることは実は出来るんだ。

 都会の夜の空の下、女の子と同じ方向を向いて、語りながら前へ進んで行く。好きだな、そういうの。ソフィストケイトされた感性。青春や若者の要素に経験や想像を加味してシェイカーで振って出きたほろ甘いカクテル。その上質に小さく柔らかく発ち込めた粒。

 「もし、このまままっすぐ歩いていって海に出たら、僕達はどうなってしまうのかなあ。」
 「夜の海に僕達は吸い込まれる。その時に見える光っていうのは何色かなあ。」
 「東京タワーの向こうに見える名前のない建物の灯が温かく感じるのは何故だろう。」
 「聞いてる?」

 僕は多分、独り言を言っているんだ。それをも夜の空は受け入れてくれる。



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